|
2012/01/29 05:00
豊臣秀吉は京都の町を改造し、1591年に京都を囲む22.5キロもの長さになる、御土居と堀をたった4か月くらいの期間で完成させているが、それは2011年8月8日と9日のブログで紹介した。詳細はそちらにあるので月を戻して読み直していただけるとありがたい。この御土居跡は冬に巡るとその形状を非常によく見て取れる。草木の刈り取られたこの時期には、夏場とはまた違った景観に触れることが出来、歴史的に貴重なこういう史跡がなにげなく身近にあるのでうれしくなる。京都御苑の東、紫式部の邸宅跡で知られる廬山寺の墓地の史跡から、賀茂川を北上して加茂川中学前の史跡に出る。そこから西に御土居の痕跡をたどり大宮交通公園に残る御土居を見、玄琢下の史跡から鷹峯長坂口の史跡に出る。後は御土居史跡公園から紙屋川に沿い西土居町の史跡に出て、地蔵の景観で知られる平野の史跡を通り、北野天満宮の御土居跡まで歩くとよい。約5時間くらいのコースになるだろう。御土居は北野中学や西大路御池近くの市五郎稲荷にも残るが、町中になるので歩くには、北野天満宮までにしても御土居の史跡は十分堪能できるだろう。 |
|
記事へ |
|
|
2012/01/28 05:00
国際会館が比叡山に映えて美しい景観を見せる宝ヶ池に今年も鴛鴦が20羽ほど訪れている。毎年この美しい水鳥をここで見ることが出来て幸いである。国際会議場近くの池辺の窪みがねぐらとしても定着しているようだ。決まった時間に餌を与える人がいることも居ついている理由の一つかもしれない。晴れた日は鏡面となった水面に映る姿はえも言われぬ光景となる。 |
|
記事へ |
|
|
2012/01/27 05:00
幕末に活躍した新選組は根強いフアン層を持っている。彼らのゆかりの地を巡り、壬生寺や屯所跡の前川家、八木家へ訪れる人は平日でも数多い。そちらはまず見てみるべきだが、京都でそのゆかりの地を巡るなら、その後新選組の軍隊組織が大きく成長し、一時的に屯所とした西本願寺や、堀川七条の南にある不動堂村の屯所跡を訪ねて、往時を偲んでみてもよいだろう。不動堂村の屯所は西本願寺が建物から諸経費まで全て負担したといい、1万uもある大名屋敷のような構えだったという。幕府の軍隊として鳥羽伏見の戦いに臨むため、伏見奉行所に引き払うまで、わずか6か月の絶頂期をここで過ごしたと思うと、残されたものがないことに残念な思いがする。この近くには油小路事件で知られる御陵衛士の伊藤甲子太郎や配下の人たちが斬殺された跡地も残っている。京都駅の西周辺にこれらの跡地があり、いくつかの建てられた石碑を探してみるとよいだろう。 |
|
記事へ |
|
|
2012/01/26 05:00
比叡山の冬の景色を私の好みの場所から撮影してみた。京都の鬼門の東北に比叡山は大きな存在感を示す美しい山であり、そこから放たれる大きな気は京都に住む者にそこはかとない癒しの雰囲気を運んで来る。 |
| 記事へ | ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1 |
|
2012/01/25 05:00
ポインセチアはクリスマスの花だが短日処理をして色づかせる美しい葉を持っている。クリスマスの頃とは朝夕の明るさがずいぶん違ってきた。春が駆け足で近づいている。 |
|
記事へ |
|
|
2012/01/24 05:00
このシーズンは京都府立植物園に行ってもなかなか秋冬の野鳥たちにお目にかかれなかった。京都御苑の中を見て回ってもその姿が少ない。それで久しぶりに14日の午後にバードバスをのぞいて見ると、ここは野鳥たちの水飲み場の性なのか、アトリが20羽、ツグミ、シロハラ、ビンズイが2羽現れた。ここしばらくは野鳥目的に動くことが少なかったので、かれらとは一年ぶりの再会となる。動画で撮影して水を飲んだり水浴びするかわいい動きをテレビで楽しんだ。仙洞御所をねぐらとするカラスの群れは相変わらず苑地にたむろする。 |
|
記事へ |
|
|
2012/01/23 05:00
賀茂川の北大路橋より南で、今年も中州の土砂撤去工事が始まっている。冬の間じっと中州に隠れているはずのいろいろな生き物が掘り起こされて出てくる。鷺やユリカモメにとってはこれはご馳走にありつくチャンスになる。多くのコサギが集まっていたが、一匹の鷺が突然大きな獲物にありついた。どんこのような大きな魚だった。仲間にとられまいと必死に逃げまどい、結局皆が見守る中で丸呑みしてしまった。食べ終わるとただ一羽、大満足の表情を見せていた。 |
|
記事へ |
|