京都紹介・・・太秦にある秦氏ゆかりの神社と古墳

昨日秦氏が建立した広隆寺をご紹介したが、太秦には秦氏ゆかりの神社や古墳が多い。仏教が伝わり寺ができる前は神社が豪族の先祖神の祭祀所だった。また、支配力を示すには古墳の規模が必要だったという。広隆寺の隣に大酒神社があり、また少し東に足を伸ばすと木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)という、通称「蚕ノ社」と称される古社がある。この二つの神社の由緒書を読んでいただくと興味深いことが記されている。秦氏については少し調べていただくといろいろな謎が浮かび上がってくる。それぞれで調べていただくと、人それぞれの仮説を思い浮かべることができるだろう。秦氏は平安京創設後歴史の表舞台から名が消えているが、明らかに日本の経済基盤を築いた根底に、この血の流れがあるといえるだろう。双ケ丘に登ると一ノ丘の頂部には古墳時代後期の墳丘直径44m高さ8m弱の円墳が残されている。清原夏野の墓と石碑は刻んでいるが、横穴式石室は広隆寺の方角、秦氏の活躍した太秦方面に向け開口しており、生前の支配地を見守るように祀られていて、秦氏の首長墓であることを示している。そして規模は小さいが、二ノ丘、三ノ丘にも群集墳が残っている。一ノ丘円墳の北には世界遺産仁和寺の仁王門、五重塔、金堂が見え、名勝雙ケ岡の名に恥じない絶景となっている。
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大酒神社の由緒書。秦氏と大酒明神、秦の始皇帝や渡来の謎が示唆されていて興味深い。 2013.8.14.撮影
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広隆寺の東隣にある大酒神社の鳥居 2013.8.14.撮影
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木島坐天照御魂神社の由緒書。元糺の池や三柱鳥居など謎めいた祭祀所が残る古社で興味深いだろう。 2013.8.14.撮影
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通称蚕ノ社の本殿 2013.8.14.撮影
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蚕ノ社の元糺の池と三柱鳥居 2013.8.14.撮影
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名勝雙ケ岡の一ノ丘にある清原夏野墓とされる直径44mの大きな円墳 2013.8.14.撮影
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太秦広隆寺方面に向けて開く一ノ丘の円墳の横穴式石室 2013.8.14.撮影
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一ノ丘円墳の頂から石室が開口する太秦広隆寺方面を望む。 2013.8.14.撮影
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円墳の頂部から北の世界遺産仁和寺方向を望む 2013.8.14.撮影
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仁和寺の仁王門、五重塔、金堂が見える絶景 2013.8.14.撮影

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