京都紹介・・・大原野の古寺「金蔵寺(こんぞうじ)」

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古寺を感じさせる金蔵寺の赤い仁王門
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もみじのトンネルが美しい山寺然とした石段
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隣にある時を告げる鐘の音が静けさを助長し、花に囲まれたたずむ金蔵寺書院
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「生類憐みの令」を綱吉に進言した桂昌院をしのぶ麗仙池
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金蔵寺の護摩堂
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十一面千手観音像を祀る金蔵寺の本堂
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金蔵寺の鎮守「葉山神社」
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1691年、金蔵寺の再建に尽くされた徳川五代将軍綱吉の母「桂昌院の御廟所」(遺髪が納められているという)
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明治の初年、愛宕山から勝軍地蔵像を移して祀られている愛宕大権現社の鳥居
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元正天皇の勅で718年に隆豊禅師により開創された古い歴史を示す開山堂
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京都市内を一望することができる長嘯亭のある見晴らし台

大原野の金蔵寺は淳和天皇の御陵が山頂にある小塩山(おじおやま)の中腹にある古寺である。トレッキングする人でないとなかなかここまで足を伸ばそうとする人がいない。勝持寺や大原野神社、正法寺から歩けば3キロ強の自然豊かな道のりとなり、車で行けば離合の難しい山道の奥にある。平安京遷都の際、桓武天皇はここに皇城鎮護の為の経典を埋め、山号を西岩倉山と称したという。ここに至る里山の道には棚田が見られ、岩倉川の清流がある。自然豊かな大原野の散策にはぜひ加えてみてほしいお寺としてお奨めする。境内には古寺が故に遺跡も多く見られる。平安時代以後隆盛した西山の名刹も、応仁の乱に至る戦ですべてを焼失し、徳川五代将軍の母「桂昌院」が、ここも京都の多くの寺社と同じく、現在の建物の再建に貢献した人となっている。

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