京都紹介・・・明智光秀の木造が安置される周山の慈眼禅寺

歴史は謎に満ちている。権力を握ったものが常に歴史を書き換えるため、真実は常に人々の影に隠される。明智光秀もあれだけの実力者でありながら、本当の姿は闇に埋もれている。光秀が統治した周山も、周山城の完成を見る前に本能寺の変後の合戦で変化する。悪政の宇津氏を降伏させ、善政を施した光秀を慕った民は、逆賊となった光秀の木像に墨を塗って隠し祀った。その光秀像が現在、周山の慈眼寺に残されている。普段公開はされていないが、機会があって写させていただいた。厳しい目をした光秀像は、歴史書に載っている柔和な肖像画とは違っている。戦国武将の実像はおそらくこのような人だったのだろう。ゆかりの現場を歩く度に、その地の隙間から陰にある真実が、漏れ見えてくるような気がしている。
画像
京北周山町の周山城跡山麓にある慈眼禅寺 2012.9.6.撮影
画像
明智光秀の木像の由来と慈眼寺を紹介した京都市の駒札 2012.9.6.撮影
画像
慈眼寺の本堂左手にある釈迦堂。この中に墨で塗られた明智光秀の坐像と位牌が安置されている。 2012.9.6.撮影
画像
釈迦堂の厨子に安置される明智光秀の坐像と位牌。この像はもとは現在周山中学の校庭となっている周山廃寺にあり、その後、慈眼寺に移されたという。 2012.9.18.撮影
画像
墨で塗られて隠された明智光秀の木造。戦国武将で信長側近第一人者の風格が感じ取れる。世を動かした人の実像は本当はこのような姿なのだろう。 2012.9.18.撮影
画像
慈眼寺のお庭。この庭は周山城のある山に続いている。 2012.9.6.撮影
画像
「周山と名づけし人は大いなる夢に活路の光秀氏公」と刻まれた境内にある石碑 2012.9.18.撮影

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 5

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント

川勝
2020年01月15日 22:44
この光秀のお顔は初めて見ました。凛々しいですね!一見温厚な下戸で、信長に足蹴にされながら世のために尽くした…そんなイメージが強いですが、このお顔を拝見しますと…やはり仰る通り強い戦国武将ですね。

この記事へのトラックバック