紫式部通り・・・現在の雲林院
現在の雲林院は旧大宮通(大徳寺通り)の北大路を南に行った東にある。
大徳寺の塔頭に現在はなっている。
ここには大徳寺を創建した大燈国師の像があり、淳和天皇の位牌や、僧正遍昭の位牌も祀られている。
雲林院となった四町もある広大な離宮を仁明天皇の代に第七皇子の常康親王に与えられ宅地となる。
常康親王は程なく出家して、そこに僧正遍昭を迎え入れて寺とした。
この辺りにある通りを「紫式部通り」と称している。
近くにある紫式部の墓だけでなく、晩年の紫式部は雲林院辺りに住まったといい、また源氏物語の中でも光源氏は雲林院に参籠するくだりがある。
源氏物語の「賢木の巻」に描かれる、桐壺帝、光源氏、兄の律師の配役は、仁明天皇、常康親王、僧正遍昭をモデルに置き換えてみて読んではどうかと言う見方もある。
「葵祭のかえさ」でも雲林院と知足院は観光のメッカであり、清少納言も自ら雲林院を訪れたと言われている。
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