京都紹介・・・本能寺 表記が違うのに気付いておられましたか?

画像

油小路六角を下ったところに本能寺跡の石碑が建つ。
この地は織田信長が明智光秀によりいわゆる「本能寺の変」で謀反に会い落命したところである。
さて、皆さんは本能寺の能の字をお寺では字を変えて表記していることにお気づきだろうか?
「そんな所まで見ていなかった」と言うのが大方のところと思う。実は私も京都に戻り再探索して気付いた点だ。
京都には注意してみると漫然と見たときと違うことが多い。
また、多くの史跡は移転しているので、もとあった場所を知ることで自分なりの見方を広げることが出来る。
ぜひ、細かいところにまで目を向けてみて欲しい。
また、お庭鑑賞もその当時の樹木の高さはいかがかを想像すると見え方が変わってくる。
面白発見も多いはずだ。
本能寺は本応寺と表記し油小路高辻付近に日隆上人により、1415年に創建された。その後、六角大宮の広大な寺地に移転再建され、本能寺と改称されている。
その後は1536年に天文法乱により消失、1545年にこの地に壮大な堂宇の再興を得ている。
しかし、この地で1582年6月2日「本能寺の変」によって再び消失した。
そして、現在の地(寺町御池)に秀吉により再興されるのだが、度々の火災にあったことを忌み、ヒ二つを去に変えて表記されるのが慣わしとなったと案内板にある。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック